アイマス二次創作SS 『Signal』 【春香 千早】

THE IDOLM@STER 春香&千早カップリングオンリーイベント「ストレートラブ!」で無料配布したペーパーに記載したSSに加筆修正を加えました。内容はもちろん、はるちは。ほんのり百合風味の軽い話です。
よるくろさんに挿絵を描いて頂きました。

『Signal』

 カフェオレを一つ注文してにっこり会釈。そろそろ顔覚えられちゃったかな? 「あのトップアイドル天海春香が下積み時代に通ってた店!」なんていつか雑誌とかで特集されちゃったりして。駅前の大通りに面したファーストフード店、私はいつもの席に落ち着く。
「まだ一時……半かぁ」
 休日のファーストフード店は大勢の人とその声が溢れていて、私の独り言なんてあっという間に掻き消されていく。階段を上がった二階席の、大通りに面した窓に沿ったカウンター席。私はそこにいつものように座り、大通りを見下ろした。正面より少し右、本屋さんの前に置かれたベンチが私達の待ち合わせ場所。待ち人はまだ来ていないので、カフェオレを一口。
「まだ三十分も前だもんね」
 私の待ち人、一緒にユニットを組んでいる千早ちゃんは真面目で几帳面。だから待ち合わせの十分前には絶対来るんだけど、私はもっと早くに来てしまう。電車の都合とか色々あるんだけど、最近はそれだけじゃないって自分でもはっきり解っている。またカフェオレを一口。
 携帯電話をカウンターに置く。座ってからやっと十分経った。待受画面はユニットを結成した後すぐに撮った千早ちゃんと私のツーショット。ぎこちない笑顔が千早ちゃんらしい。今はもうちょっとだけ、上手く笑ってくれるんだけれど、この写真はなんだか気に入ってしまってなかなか待受画面を変えられない。写真の中の千早ちゃんを見ながら、またカフェオレを一口。
 千早ちゃんが来るまで多分あと十分。さっきの十分と合わせて二十分。それだけあれば本を何ページか読むことだって出来るだろうし、ケイタイのメールだったら十通は送信出来る。けれど私はそういうことを一切しないで、ただこうやってカフェオレを飲みながら千早ちゃんを待っている。土曜日のレッスン前の待ち合わせを始めて、二回目からずっとこうやって千早ちゃんを待っている。何もする気になれないんじゃなくて、この待ってる時間が好きなんだなって確認しながら、またカフェオレを一口。
 最初の待ち合わせの時、私は早く着き過ぎて、特に何もしないでずっと待ってた。そしたら千早ちゃんに時間が合わないんだったら待ち合わせをやっぱり止めようって言われそうになった。千早ちゃんなりに気を遣ってくれたんだろうけれど、私は慌てて早く着き過ぎたことを誤魔化した。私はどんなに待ち時間が出来てもいいから、千早ちゃんと少しでも早く会いたいんだけどなぁ。
言葉にしなきゃ伝わらないだろうし、かと言ってこんな事、簡単には口に出せない。結局言えないまま今日まで来た。言った所で千早ちゃんは理解出来るかなぁ? なんて思いながらまたカフェオレを一口。
 ふと本屋さんの方に眼をやってみる。二階席だから通りの端まで良く見渡せる。すぐに外国メーカーの高そうなヘッドホンをした私の待ち人が横断歩道を渡ってる姿を見付けた。そのしゃんとした背筋と同じくらい真っ直ぐな髪を僅かに揺らしながら歩く姿はなんていうか、独特の雰囲気がある。ひっきりなしに人が行き来する道の上でもすぐに見つけられるくらい千早ちゃんが違って見えるのは、私だけじゃないと思うんだけど、どうだろう。
 人波に溺れるでもなく、無理に掻き分けるでもなく。ベンチの前にやってきた千早ちゃんは、周りを見回すと本屋さんの前のベンチに腰を下ろして文庫本を開く。私はその姿をしばらく見つめる。どうやったらあのヘッドホンから聞こえる音楽より、あの文庫本に書いてある物語より、千早ちゃんの興味を引けるかな、なんて考えながら。待ち合わせの時間まであと八分、カフェオレはもう無い。
***
 「千早ちゃん」
 待ち合わせジャスト五分前に私は千早ちゃんに声をかける。
「おはよう、春香」
 ヘッドホンを外した千早ちゃんが私に笑いかける。この笑顔だけで私の待ち時間は報われる。って大げさかな。
「ちょっと遅くなっちゃったかな?」
「まだ五分前よ」
「千早ちゃんはいつも早いよね」
「十分前に来ないと落ち着かないの」
 そんな話をしながらレッスンスタジオに向かって歩き出す。特別なことはしない。ただ話しながら歩くだけ。その話の中に私は私のまだ知らない千早ちゃんを探す。
「え、千早ちゃんもあそこのシュークリーム好きなの?」
「そんなに驚くことかしら?」
「いや、なんていうか、意外で……千早ちゃんって甘いもの好きだったんだねぇ。いつもコーヒーばっかり飲んでるからわからなかったよ。しかもブラックばっかりだしさ」
「私が甘いもの好きだったら悪い?」
 なんか可愛い、と私が笑うと千早ちゃんは不機嫌そうにぷい、と横を向いて顔を少し赤くた。その仕草が可愛くて可愛くて。
「似合わないって、自分でも解かってるわ」
 眉間に皺を寄せて何故か弁解する千早ちゃんの腕があまりにも魅惑的に私を誘う。とにかくその手を抱きしめたい。
「もう、千早ちゃん可愛いなぁ!」
 誘いに抗えず、私は思わず千早ちゃんの腕を取って抱きしめてしまった。思いっきり、ぎゅうっと。
「今度、私がお菓子作って……うわぁっ」
 千早ちゃんの指先が私の頬を掠めた。それと同時に短い悲鳴も聞こえた気がする。その声は千早ちゃんの声に良く似ていた。
 理解するのが少し遅れたけど、千早ちゃんが私を払い除けたってのはわかった。驚いたような、怒ったような、赤い千早ちゃんの顔が私の腕の向こうに見える。
「ごめんね……」
 私はこの時どんな顔をしていたんだろう。千早ちゃんは私の顔を一目見て、顔色を変えた。
「ご、ごめんなさい、春香。顔に当たったりしなかった?」
慌てて謝られても、同情しか感じ取れない。
「千早ちゃん、怒った……?」
「え、何で?」
 意外にもただ驚いている顔で千早ちゃんは聞き返す。
「あ、いや、急に腕触ったりして、気持ち悪かったかなって……ごめんね」
「え、いや、それは……」
 なんだろう、悲しい。そして恥ずかしい。私は千早ちゃんから一歩離れた。私ってば、何を勘違いしていたんだろう。今のこの、お互いに一歩ずつ近付かないと触れられない距離。これが私と千早ちゃんの距離だったのに。近付いた、なんて私の勘違いだったんだ。
「ごめんね、千早ちゃん」
 笑ってみる。アイドルたる者、いつだって笑顔じゃないと。目の端にじわりと涙が滲むのを感じるけれど、無視。お互いに一歩ずつ。警報が聞こえる。これ以上は進めない、どこかの踏切で聞いたのと同じ警報。私と千早ちゃんの間には、遮断機が下りる。
「ごめんねっ……」
 あ、ヤバい。最後の方、涙声。滲む視界。よく見えない千早ちゃんが一歩、近付いた。気付かれちゃったかな。こんなことで泣くなんて、面倒くさい子だって思われちゃうかな。
「違うの、春香!」
 千早ちゃんの勢いに驚いて、我慢していた涙が零れ落ちた。
「いきなりだったから、驚いて……別に嫌だった訳じゃ、ないの。だから……泣かないで」
 まだ滲んでいる視界。でも、今。信号が見えた。
「腕は恥ずかしいけど……手くらいなら繋いで上げるから」
 すっと差し出される千早ちゃんの手。その繋がる先にある顔はさっきと同じように少し赤い。警報はいつの間にか聞こえなくなっていた。
「……不満かしら?」
 通行可能。それが千早ちゃんの合図。
「……そんな訳、ないじゃない!」
 ぐっとてのひらを強く握ってみると、ぎこちなく握り返してくれる。それが本当に嬉しくて。
「ちょっと、あまり振らないで!」
「えへへー」
 笑って泣いて、また笑う。たった数分の出来事。随分とささやかな、それでいて凝縮された、ドラマだったけど、ハッピーエンドならそれで良い。
「ね、千早ちゃん」
「何?」
「えっへへー」
「何よ、変な春香」
 口調はキツいけど、千早ちゃんは笑っている。
「ほら、あまり手振らないでってば」
 それでも自分からは離さない手から伝わる温度が、千早ちゃんの合図。繋いだ手から千早ちゃんへ伝わる鼓動が私の信号。
 逃さないように、見落とさないように。
 シャイで気難しい歌姫の信号を一番上手く受信出来るように。
 とりあえず今は、この繋いだ手を離さない。

挿絵:よるくろ様(ruxk STUDIO
後書--------------------

まだアイマスでSSって慣れてない。